こんにちは、ジロー(@yuruikujiblog)です。
今回は雑記です。日々家事や育児に対して思うことや、思いついたことなどを書いてみます。ちょっとしたときに思い出していただき、指針になれば嬉しいです。
ここ数年、自己肯定感という言葉を耳にするようになりました。私は自己肯定感が高い時期と低い時期を両方味わいました。なので、自己肯定感の大切さを身に沁みて感じています。自己肯定感は高いほうが生きやすいです。妻のイチコとともに子育てをする立場になって、子どもたちに向けて自己肯定感の大切さをどのように伝えるべきなのかを、深く考えるようになりました。
現段階で出した結論は、「親が子どもを肯定してあげられる、という”親側の”環境を整える」ということです。
自己肯定感とは
自己肯定感とは、本などによって定義はさまざまありますが、まとめると
と言えることができそうです。もっと端的に言うと、「自分のことが好き」だと思えることですね。そのためには、自分に対して自信を持てるかどうか、というところが大切になってきます。皆さんは自分に自信がありますか?
自己肯定感が高い時期と低い時期を両方体験
私は人生においていろいろな出来事がありました。ですが、自己肯定感だけに目を向けると、
- 自己肯定感が高い時期(未就園児~中学3年生)
- 自己肯定感が低い時期(高校1年生~30歳頃)
- 自己肯定感の回復期(イチコと出会って以降)
の3期に分けることができます。
自己肯定感の高い時期と低い時期の両方を味わいました。その両方で別人のような人格だったと思います。
自己肯定感が高い時期
未就学児のうちは、とても勉強ができる子どもでした。5歳の誕生日に漢字ドリルをねだったらしく、「末は博士か大臣か」などとも言われていました。走るのは遅かったのですが、障害走ではめっぽう速く、運動は何をやらせてもだいたいできました。
小学校は県内の国立大学の附属小学校に入学しました。入学時の県内統一学力テストでは、県内で2番目の成績だったことを覚えています。
2年生からはリトルリーグで野球を始めました。勉強もスポーツもよくでき、授業中にも積極的に発言する、クラスの中心的存在でした。
小学生のうちに引越しに伴う転校を数度おこないましたが、野球をやっていた=ドッジボールが上手いというところから、すぐに輪の中に入ることができた。
中学校では入学後、即レギュラー。最終学年では当然のようにキャプテンとなり、市内でも有数のプレーヤーでした。有名高校からスカウトが来て、推薦枠を用意してくれたりもしました。
この頃は毎日がとても楽しく、今にして思えば、「野球が得意」「勉強が得意」という2つの点が私のアイデンティティでした。そして、それが自信につながって、充実した日々を送ることができたのだと思います。
自己肯定感が低い時期
しかし、高校に進学すると、中学3年生のときに痛めた膝が原因で、野球を辞める決断を余儀なくされました。中高一貫の進学校に通っていた私は、野球に専念していたことから勉強がおろそかになり、授業についていくことも厳しくなってしまいました。
加えて、高校のクラスに中学からの友人が1人もいない、という状況も重なりました。
「野球が得意」「勉強が得意」という自信があった二枚看板を剥がされた私は、クラス分けの妙も相まって、次第に塞ぎ込むようになりました。自分に自信が持てないから新しい友達を作るための声かけができないのです。
そして、失敗を過度に怖がるようになったのもこの時期です。
また、プロフィールにも書きましたが、家庭環境が複雑であったこともあり、知らず知らずのうちにいろいろなことを我慢して生きていく日々が積み重なっていたのも理由のひとつかな、とも考えています。
この自分に自信が持てない、自己肯定感が低い時期はその後、妻であるイチコと出会う30歳頃まで続きます。
現在は自己肯定感が上昇中
イチコと出会い、そして結婚し、生活をともにして10年経ちますが、最近はだんだんと自己肯定感が上昇しているように感じます。
自己肯定感が高まってきた理由
妻・イチコは、私から見ると自己肯定感の塊、いや鬼です。自身にコンプレックスを感じたことがないそうなのです。自分の行動は基本的に間違ってないし、常に自信を持って選択しているそうです。
以前、こんな話をしてくれました。
ママ友のインスタで、「子どもの寝顔を見て、今日も怒ってしまった自分に罪悪感」とか見るけどまったく理解できないのよね。
彼女の言い分としてはこうです。
私は常に私の全力で立ち向かってるから、反省することはなにもない。
私とはまったく逆の発想をするイチコ。賛否あるでしょうが、自己肯定感の低い私からしたら、とてもまぶしく感じます。
そんな自己肯定感の塊のイチコに、
大丈夫、あなたは結婚して新しい家庭を築いて、今までの不自由な生活から開放されて、幸せになる権利がある
と、ある意味暗示のようなものをかけられながら暮らしています。
私は、妻として人間として、イチコを心底尊敬しています。私には持っていないものを持っていますし、そんな彼女に支えられながら暮らしています。彼女の「大丈夫」という言葉を何度も何度も浴びながら、より良く生活できています。自己肯定感が高まってきた理由は、まさにここにあるのです。
もう少し踏み込んでいえば、「自己肯定感を高める」ということと同義にあり、それよりも大事なことは「自己否定感を癒やす」ということに他ならないのではないか、と考えます。
端的に言えば、
自分が信頼できる人に、自己否定感を癒される
ということが自己肯定感を高める数少ない方法なのかな、と考えています。そして、その信頼度が高ければ高いほど効果は大きいです。
自己肯定感と幸福度は比例する
では、自己肯定感は本当に大事なのでしょうか?私の人生は、前述のとおり自己肯定感の波が激しかったので身をもって体感していますが、あくまでも自身の経験から言えることだが、自己肯定感と幸福度は比例します。
結局、自分の人生の幸福度の尺度は自分で決めることですよね。他人に「あなたは幸せです」とか「実はあなたは不幸だったんです」などと決められるものではありません。
前述のとおり、自己肯定感の上下を繰り返して生きてきたので、その大事さを身にしみて感じています。自らが自分のものさしで幸福度を測るからこそ、自己肯定感と幸福度は比例するのです。
子どもたちにしてあげられること
そんな経験をしてきた私がしてあげられることは2つあります。
ひとつは、「子どもたちにとって信頼できる人間であり続けること」。そしてもうひとつは、「言葉と態度で寄り添い続けること」です。
私自身が経験した「信頼する人」に「自己否定感を癒される」行為こそが、逆説的に自己肯定感を高めることに繋がるのではないか、と現段階では結論付けています。
親側が信頼されるような人間でありつづけるためには、キツい子育てをできる限り「ゆるく乗り切る」ための知恵を振り絞って立ち向かう必要があると考えています。育児を効率化するのではなく、育児「以外」の家事の部分をできるだけ効率化することで、我が子に対してストレスなく接する、寄り添うことができれば、自然と子どもたちの自己肯定感は高まっていくはずです。
冒頭に述べた「親が子どもを肯定してあげられる、という”親側の”環境を整える」ということに繋がるのです。そして、この育児「育児」以外の家事の部分をできるだけ効率化するための情報発信こそが、このブログの趣旨でもあります。
我が家の場合、父親の私がすべきことは、自己肯定感の塊であるイチコが、常にニコニコしていられる環境を作ることだと思っています。イチコが我が家の太陽、私は彼女を献身的にサポートしながら、ストレスなく育児に向き合えるような環境を作ることがもっとも近道だと考えています。
まとめ
今回は、自己肯定感について感じていることを書きました。自己肯定感の浮き沈みが激しかった私だからこそ書ける内容になったと思います。長文にもかかわらずここまで読んでいただいてありがとうございます。
最後に今回の記事をまとめます。
- 自己肯定感と幸福度は比例する
- 「自己肯定感を高める」と「自己否定感を癒やす」は表裏一体
- 大事なことは「親が子どもたちにとって信頼できる人間であり続けること」と「言葉と態度で寄り添い続けること」
- そのためには、「親が子どもを肯定してあげられる、という”親側の”環境を整える」ことが大事
自己肯定感の塊であるイチコは、日々こう言っています。
学校や仕事でどれだけ落ち込んでも、自分の家に帰ればすべてを受け入れてくれる家族がいる。ただそれだけのことで、周りの雑音も気にならなかったよ。
我が家も子どもたちにとって、そう思ってもらえるような家庭を築いていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ジロー(@yuruikujiblog)でした。それでは、また次の記事でお目にかかりましょう!
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